弘法大師

 2日目、やはり見当たらない。フジシダはあった。でも台湾の写真の環境とやっぱりイメージが重ならない。違う、違う!考えても考えても台湾のような環境を見つけられない。田川の論文では、中国では岩着生であるものの、台湾では樹着生であり、しかもvery highとある。ランの着生状況から考えて、本堂周辺なのだろうか。しかしあったとしても眼が悪い私には中段の枝すらぼやけて見えない。駄目なのか。このまま終わってしまうのか。焦りと、本堂の周りは多くの人が既に観ているだろうという推測から2人に別れを告げ、一人北向き中標高の谷に入る。足取りは重い。私は何か、本質的なことを誤っているのではないか。確かに、今回幻のシダを見つけることこそが目標ではあるものの、それに精一杯になってロクに同好の士と会話をする余裕が無かったことに後になって気づく。そして、一人で探索するというのは、ずっとやってきたことであるにも関わらず、なぜか今日に限ってとても寂しく思われる。
 弘法大師は誰もいない深山の岩の上で100日間も座り続けたという。孤独というものがこの山のテーマなのかもしれない。それでいて、忍耐と明日を観続ける眼差しが求められる。実物を見たこともないシダの断片的な情報を元に環境を色々想像し、地形図をつぶさに確認し、実際に歩いて机上でイメージした環境かどうか答え合わせする。都度リライトし、霧の流れや岩肌の状況を更新していく。きっと、これは草の道の神様が私に与えた課題なのだろう。3日目、目的のシダの生育環境のイメージをクラガリシダに重ねて探すことにした。今のところクラガリシダが出るような環境は無かったと思うし、地形図上もめぼしいところは無い。第一、それこそクラガリシダなんかは高木の先に生えているのだから、岩壁で探すのはナンセンスなのかもしれない。iNaturalistの投稿で、台湾ではクラガリシダが岩壁に生えているところがまたいやらしい。とはいえ、本邦でも岩上着生の場合だってあるわけで、田川の論文では樹着生と表記されつつも、投稿写真では岩着生ばかりである。可能性は0ではない。探せる場所を、与えられた時間めいいっぱい探すのみである。

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