過去の記事で紹介したように、歴史的にはまずホソバカナワラビが認識されており、そこからハカタシダが独立種として見出された後、ハカタシダの変種としてオニカナワラビが見出されている。その後オニカナワラビに非常に似た独立種として記載されたのがハガクレカナワラビである。倉田悟の学説では、ホソバカナワラビ、ハカタシダ、ハガクレカナワラビが独立種、オニカナワラビのみが変種扱いであるが、中国を中心とした学説ではいずれも独立種として扱われており、海老原淳の学説や現行のFernGreenList ver. 2.0においてもこの独立種としての見解が採用されている。Lu et al. (2019) の葉緑体ゲノムを用いてArachniodes 属を広範に検討した論文では、ハカタシダ、オニカナワラビ、ハガクレカナワラビは、他のいくつかの大陸産の種とともにSimplicior– Chinensis グループを形成している。ホソバカナワラビはそのSimplicior– Chinensis グループに近縁なExilis グループを単独で形成している。Simplicior– Chinensisグループの系統樹を見る限り、特段オニカナワラビのみを変種扱いする必要は無いように思われ、たとえばハカタシダを基本種としてオニカナワラビ、ハガクレカナワラビを変種扱いするのは別格、オニカナワラビのみを変種扱いする本邦の伝統的学説を採るよりかは、いずれも独立種として扱う近時の学説をとりあえず採用する方が合理的であるように考える。
興味深いのは、牧野図鑑においてカナワラビ (Polystichum aristatum Presl.の学名を採り、別名としてホソバカナワラビを併記している) の解説中にハカタシダをその変種として紹介し、かつ「はかたしだ一名すじわたしハ一変種ニシテ決シテ独立ノ種ニハ非ズ」と強調している点である。牧野はホソバカナワラビを基にハカタシダをその変種として捉えていたわけで、これを独立種として扱ったのは田川基二である。分類の変遷のイメージとしては、まずホソバカナワラビを捉えた後にハカタシダを押さえ、そこからオニカナワラビを検討した後、ハガクレカナワラビを認識するのが良い。
ホソバカナワラビの模式産地は中国浙江省であり、これを参照するのは容易ならざることであるため、とりあえず高知県宇佐井ノ尻の個体を仮の基準とした。井ノ尻の個体群は1934年に伊藤洋が採取し、後に倉田悟が「日本のカナワラビ属」 (1962) において”検し得たホソバカナワラビの主要標本産地”として挙げているものの一つである。先輩の里穂ちゃんにも口頭で確認したが、ホソバカナワラビであろうという話であった。なお私が採取した2024年時点において井ノ尻での現存個体数は僅かであり、コバノカナワラビの方がずっと優占している。観たところ雑種は無いように思った。すぐそばの竜集落の外洋沿いの照葉樹林下にはホソバカナワラビが群生しており、特段こだわりが無ければこの個体群の観察で事足りるであろう。
ハカタシダは各地で採られた標本を基に記載されており、伊勢、伊予、土佐の3国の標本がそれぞれ等価基準標本となっている。この内伊予のものを採取することが出来た。伊予のものは模様葉でない。なおハカタシダはツヤ有かつ模様有、ツヤ有かつ模様無、ツヤ無かつ模様有、ツヤ無かつ模様無の4型が四国を中心に知られているが、伊予のものはツヤ有かつ模様無の型である。四国では今のところこの型が最も普通で、まれにツヤ有かつ模様有を見る。極まれにツヤ無かつ模様有を見るが、ツヤ無かつ模様無は私は未だ観ていない。
オニカナワラビの模式産地は、現行学名上は中国雲南省のものであるが、田川が記載した変種としてのものは紀州が模式産地である。すなわち異名の模式産地となるわけであるが、本邦における伝統的なオニカナワラビの認識を辿る上では依然重要である。残念ながら未だ訪問叶わず、現在仮の基準として伊予のものを栽培している。この産地は倉田悟が1960年に標本を採った場所であり、倉田が「日本のカナワラビ属」 (1962) において”検し得たオニカナワラビの主要標本産地”として挙げているものの一つである。なお、先のハカタシダの等価基準標本が採られた産地でもあり、大変勉強になる。ここではオニカナワラビは容易に観られるが、ハカタシダはほとんど無い。この産地に限ってはハカタシダとオニカナワラビは緩やかに標高で生え分けており、中間型も特に無く、最下羽片上側第一小羽片の切れ方を確認すると両者を幼株でも確実に峻別出来た。私見であるが、オニカナワラビほどいい加減に同定されているArachniodes 属植物は無い。基本的にハンドブックレベルから主要な図鑑の水準でもハカタシダとの区別のみが重視され、キーとして頂羽片の有無が挙げられているが、両者を明確に峻別することはしばしば困難である。これは倉田も指摘している点であり、伝統的に変種として扱われてきたのはそれ故であろう。ハカタシダとオニカナワラビの境界画定は同定眼のトレーニングに持ってこいだと思う。なお、Lu et al. (2019) の系統樹ではオニカナワラビのシノニムの多くが結局A. chinensisと明瞭に分かれない結果となっている一方で、一部A. chinensisと同定されたサンプルはA. vietnamensisと同じグループに入るA. sp.として扱われている。Vietnamensis グループはSimplicior– Chinensis グループに対してExilis グループよりも遠縁である。そして静岡、鹿児島から得られたサンプルもこのA. sp.に落ち着いており、もしかするとこれまでオニカナワラビとして見過ごされているものの中にはこの素性のわからないものが少なからず含まれているのかもしれない。
ハガクレカナワラビは倉田によって記載されたものではあるが、「日本のカナワラビ属」 (1962) には収載されていない。井上康之氏採取の九千部山産の標本を基にしており、タイプ標本および九州の方のWebサイトで紹介されているハガクレカナワラビは確かに裂片辺縁の芒状の棘が著しい。これもまだ模式産地には行けていないが、とりあえず高知でハガクレカナワラビとされているものを栽培している。私の観た高知県の産地は2か所であり、うち1か所は倉田本人と同行した土佐のシダ愛好家が採取している産地である。九州のものと比して芒状の棘はやや甘く、この点を意識しすぎるとオニカナワラビと見紛う。実際私は初めて高知でハガクレカナワラビとされているものを観たとき、オニカナワラビとの違いがあまりにも微妙で困惑した。このハガクレカナワラビとオニカナワラビの峻別のためにオニカナワラビを確定させようとし、オニカナワラビの確定のためにハカタシダとホソバカナワラビをしっかり確認した次第である。思うに、頂羽片が有るといえば有り、無いといえば無いような、ハカタシダとオニカナワラビの中間型を想起して、極端にはその葉身の質のみをホソバカナワラビのそれに置き換えればハガクレカナワラビとなる。伊予のオニカナワラビを典型とするとき、決してハガクレカナワラビと見紛うことは無い。芒状の棘に関してはハカタシダのそれと似る。葉の質もハカタシダのそれとの差異は極めて微妙である。ハカタシダの質とホソバカナワラビの質のちょうど中間程度をイメージするとその微妙さが伝わりやすいか。そのため、ハガクレカナワラビとオニカナワラビで迷うというよりかは、ニュアンス上はハカタシダと混乱し易いかもしれない。ただし、ハカタシダとは直感的に峻別出来る。そのため、ハガクレカナワラビとハカタシダの峻別が課題となることはほとんど無いようである。直感的にというのは、両者を並べて実際に芒状の棘に着目して見比べると同程度であるし、質に着目して触ってみても大差ないように思うのだが、視覚的な印象として受ける質は異なるのである。つまり、ハカタシダは触覚上の質感よりもずっと、視覚的に革質であるが、ハガクレカナワラビは視覚的にも触覚的にもそこまでの硬さを感じない。ただし、記載文にある「紙質」という表現を念頭に置いていると、少なくとも高知のハガクレカナワラビに関しては迷いが生ずると思う。同じ視点で、大雑把なニュアンスとしては確かにオニカナワラビと近似するのだが、これは触覚的にまったく別物であると理解出来るはずである。また、詳細に観察すれば視覚的にもオニカナワラビとハガクレカナワラビを峻別出来る。すなわち、オニカナワラビは裂片辺縁が背軸方向にやや巻く一方で、ハガクレカナワラビではそのようなことは無い。そのため、オニカナワラビではヤマイタチシダやマルバベニシダ、オオキヨズミシダで見受けるような “鋸歯はあれども目立たない、粗雑な、丸みを帯びた” ニュアンスが出てくる。 一方でハガクレカナワラビではヌカイタチシダやヒメカナワラビのような “鋸歯が鋸歯としてピンと張っており、薄く、繊細で平面的” というニュアンスが出てくる。個人的には、オニカナワラビとハガクレカナワラビは、オオキヨズミシダとヒメカナワラビの関係によく似ていると感じている。ただし、ここで言うオニカナワラビとは、オニカナワラビたる産地のものの話であって、漫然とその辺に生えているオニカナワラビを念頭に置いても理解し難いと思う。まとめると、ハガクレカナワラビは記載文やネットでよく言われる「明瞭な芒状の棘、葉身の質の薄さ」の2要件に固執するよりも、ハカタシダ、オニカナワラビ、ホソバカナワラビで作った三角形のうち、質はホソバカナワラビ、葉身はオニカナワラビ、切れ込みや芒状の棘はハカタシダということをイメージすれば分かり良い。

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