新釈 ビッチュウタンポポ

本稿では植物研究雑誌9巻6号 (1933) 352頁 “Taraxacum novum Japonicum (I) (Species insignis) –日本産たんぽぽ属ノ新種 (種ノ要記) (其一)-” (小泉秀雄) に準拠する。これは記載論文である。

ビッチュウタンポポ Taraxacum bitchuense H. KOIDZUMI

(タイプ) 備中:上房郡高梁町郊外 (吉野善介 採取 1915年6月 Herb. Tokyo Sci. Museum, no. 34291)
(分布) /

全株は草丈低く、ほっそりしている。高さは最大20 cm。葉について、全体として厭伏~斜上する。花は黄色みがかり、または黄色。Taraxacum japonicum KOIDZ. (カンセイタンポポ=カンサイタンポポ) に似る。しかし葉について、無毛で、葉柄の基部は徐々に狭まり、しばしば翼状に広がる。総苞全体は基部が倒円錐形―卵状倒円錐形。総苞片は狭く、全体に角状突起は無く、通常縁毛は無い。果実は紡錘形で、上部は通常疣状突起があり、または皺状で、下部は通常全体平滑。花冠托は円盤状円錐形で、明瞭に細歯のある縁をしている。冠毛は剛毛で目立つ黄色みがかった-淡褐色。


【考察】
 本種はカンセイタンポポに似るものとして記載されたものである。そもそもカンセイタンポポとは小泉源一が植物学雑誌38巻449号 (1924) で記載したTaraxacum japonicum KOIDZ. のことであり、この点小泉秀雄や北村四郎の見解と異なっていない。ただし、この論文では基準標本を明示していない点に注意が必要である。DISTR.として日本の近江国伊吹山、京都郊外、備中国川上郡近似 (吉野善介 採取)、讃岐国の4つが挙がっている。基準標本に関しては、北村四郎の植物分類・地理2巻1号129頁 (1933) のキシュウタンポポに関する和文での言及中に「カンサイタンポポの原品地は京都である、と小泉先生より承る。」という記述がある。その後に出版された北村四郎の総説 (1957) では”Kioto Shirakawaguchi (G. K.)-Typus” として、京都の白川口で小泉源一が採取した標本を基準標本としている。なお、この総説においてT. bitchuenseT. japonicum の異名として扱われており、以後ビッチュウタンポポは基本的に顧みられていない。また、小泉源一、小泉秀雄は和名としてカンセイタンポポと表記しているが、北村四郎はカンサイタンポポとしており、現在はカンサイタンポポという呼称が一般的である。
 小泉源一の記載論文で挙げられた産地の備中国川上郡近似はビッチュウタンポポの模式産地である上房郡高梁町郊外と隣町の関係にあり、この点は注目に値する。さらにいずれの標本も採取者は吉野善介という点で一致している。ビッチュウタンポポはこの模式産地しか産地が挙げられておらず、後の小泉秀雄による言及も見当たらないため、その分布を考察することは難しい。ただし、もし小泉源一が記載したカンセイタンポポの産地の一つ、川上郡近似の個体群が後に小泉秀雄の記載するビッチュウタンポポであったとすると、吉野善介が採取したカンセイタンポポをいちいち検討する価値があるかもしれない。北村四郎の総説 (1957) で挙げられている備中国での吉野善介による標本のその他の産地は落合、野馳の2地点であり、他の採取者による産地はOhshima (Z. T.)、成羽 (余吾一角) がある。参考に、備前国での産地はKabusima (Z. T.)、岡山 (S. Sato) の2地点がある。
 小泉秀雄はこのカンセイタンポポとの違いを見出しビッチュウタンポポを記載したわけであるが、小泉秀雄にとってのカンセイタンポポがどのようなものであったかを知る手掛かりは植物研究雑誌10巻5号42頁 (1934) にある。これは小泉秀雄がタンポポ属の総説を連載していた記事であり、和文でカンセイタンポポについて詳述している。この記事はビッチュウタンポポの記載の後に出されたものであるため、ビッチュウタンポポとの比較検討において有用であると考える。これを見る限り、その最も顕著な差異は果実にあるように思われる。具体的に、カンセイタンポポの果実は極微刺が全面に葺いていて、果体について単ー鱗状鋭棘が密生し斜上し、この棘は下に行くにつれだんだんと小型になり、ついには疣状の突起に変化する一方、ビッチュウタンポポでは上部に疣状の突起があり下部は平滑になること、要するにカンセイタンポポよりも棘が甘いこと、冠毛托についてカンセイタンポポでは無歯―粗鈍歯縁であるのに対し、ビッチュウタンポポでは明瞭な細歯縁であること、冠毛についてカンセイタンポポでは淡褐白毛であるのに対し、ビッチュウタンポポでは目立つ黄色みがかった淡褐色と、色づきが濃いことが差異として挙げられよう。他、葉についてカンセイタンポポは無毛―有毛、下面特に主脈上に粗―やや密に生え、往々クモ毛があり、後にしばしばやや無毛になるのに対し、ビッチュウタンポポは無毛であること、葉柄についてカンセイタンポポでは無翼―狭翼で長い柄を持つのに対し、ビッチュウタンポポは基部が徐々に狭まり、しばしば翼状に広がるとされている。また総苞片についてカンセイタンポポは総苞外片は角状突起があり、往々角状突起が無く、縁には微毛から長軟毛が生え、背面は無毛であり、総苞内片は角状突起があり、往々角状突起が無く、縁は無毛であるのに対し、ビッチュウタンポポでは全体に角状突起が無く、通常縁毛も無いという。ただし、葉や総苞片に関しては両者でオーバーラップする部分があるため、決定的な差異では無いようである。
 タンポポ調査・西日本2015調査報告書の中の「タンポポの種類と分布」 (鈴木武) のカンサイタンポポの部分 (21頁) では、カンサイタンポポが集中分布する範囲とメダカの東瀬戸内集団の分布がよく一致し、これが最終氷期の東瀬戸川の集水域であることを指摘している。一方で岡山県西部の高梁川は西瀬戸内川の集水域であると考えられており、古地形に関する情報を集めて検討する必要があるとも言及されている。もしこの高梁川流域 (*西瀬戸内川の集水域) のカンサイタンポポがビッチュウタンポポであるとすると、カンサイタンポポとビッチュウタンポポは最終氷期の大河川で隔てられた2つの個体群と言えるのかもしれない。小泉秀雄の言うように種として分けるべきものか、北村四郎の言うように広くカンサイタンポポにまとまるものなのかはさておき、こうした地史的なコンテクストが、しばしばスプレッダーとさえ言われる小林秀雄の記載と対応しているという事実は大変興味深い。

1)
●planta subparba et gracilis ; usque circ. 20 cm. alta,
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■全株は草丈低く、ほっそりしている。高さは最大20 cm。

2)
●flores flavescentes vel flavi
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■花は黄色みがかり、または黄色

3)
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4)
●folia adplessa-ascendentia, glabis, petiolis basi angustioribus saepe exalatis ;
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■葉について、全体として厭伏~斜上する。無毛で、葉柄の基部は徐々に狭まり、しばしば翼状に広がる。

5)
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6)
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7)
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8)
●involucrum basi turbinatum-ovato-turbinatum; involucri foliola angustiora, toto ecorniculata, plerumque non fimbriata;
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■総苞全体は基部が倒円錐形―卵状倒円錐形。総苞片は狭く、全体に角状突起は無く、通常縁毛は無い。

9)
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10)
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11)
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12)
●achenia fusiformia, superiora plerumque tuberculata vel rugosa, inferiora plerumque toto laevia;
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■果実は紡錘形で、上部は通常疣状突起があり、または皺状で、下部は通常全体平滑。

13)
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14)
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15)
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16)
●receptacula discoideo-obconica comspicue denticulato-marginata,
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■冠毛托は円盤状円錐形で、明瞭に細歯のある縁をしている。

17)
●pappi setae conspicue flavescento-brunnescentes distinguendum.
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■冠毛は剛毛で目立つ黄色みがかった-淡褐色。

18)
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【標本】
https://type.kahaku.go.jp/TypeDB/mediaDetail?cls=vascular&pkey=vascular-001398&lCls=m_vascular&lPkey=277563&detaillnkIdx=0 (科博データベース)

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